[コラム]異空間に身を置いて

熱海途中下車

コロナ前のある休日、仕事で地方に出る機会があり東京への帰り道、気が向いたので熱海で電車を降りてみることにしました。

熱海は東京から新幹線で40分程度の場所にありますが、意外と下車する機会はありません。

箱根に行くときには新宿から小田急ですし、車でドライブしながら箱根、熱海と廻って帰るというコースでは電車は利用しないからです。

今回は、ほんの2時間昼食をとりに駅から出たという雰囲気でしたから、ながい時間熱海を満喫したわけではありません。

昼食をいただいた店は、商店街の坂を下りていく途中に見つけた看板を頼りにさらに、路地を入ったところにありました。

なんでも60年間店を続けているという触れ込みで、容易に想像できるように雑然とした店内のカウンターには一升瓶が並び(学祭時代にお世話になった)レトロの香りのする懐かしいよい雰囲気を出していました。

おかみさんは、昼が過ぎたころに店に入ったせいか、かなり忙しそうにしていて、お客さんに座る席を指示したり、調理場の板さん(たぶん御主人)にあれこれ、文句をつけながら大騒ぎで店をきりもりしていました。

何人かは今日の昼食がもうネタ切れであったことから、店頭で、今日は食わせるものはない的な、追い返され方をして、あと3人、あと1人といった感じで、どちらか客かわからないようななかで、食事をとるはめになりました。

こちらも気がせいて、ゆっくりと食事をする気持ちにはなれませんでしたが、初がつお生しらす鯵のさしみ天ぷらは、仄かに海の匂いがして、「あぁ、これが熱海の昼飯か」、と少し感動する逸品でした。痛み分けというところでしょうか。

青藍の海に癒される

なんだかんだあっても満腹になり、小さな満足感とともに店から外に出て、引き寄せられるように坂を下りて、海岸まで足を伸ばしました。

そこから眺める陽光に煌めく紺碧の海はまさに熱海で、さびれてきたとはいえ、そこここに整然とこれみよがしに立ち並ぶ多くの温泉宿やホテル群は圧巻でした。

しばらく身体に纏わりつくような潮風に浸ったのち、再び賑わいの土産店がならぶ商店街に上がり干物をいくつか買い求め、また、少し興味があったので駅前の不動産屋を訪れ、女主人と物件についての話をしたりもしました。

んと30万円から別荘がもてるという耳よりな情報を仕入れて、少しだけ温泉街の生活に夢を見ることもできました(たぶん維持費が大変なことになると思いますが)。

そうこうしている間に時間がきたので新幹線に飛び乗り、後ろ髪を引かれる思いで異空間から離れたのでした。

新幹線のなかでまどろみながら帰途に着きましたが、短い時間でもときどきは異空間に身を置いて、新鮮な気持ちになることはとても大切だと感じました。

仕事を離れ、唯一心を休めることができた時間でした。

熱海は観光地ですが、ときには地方に行ったとき仕事だけではなく、地の物をいただいたり、海を見たり潮風に吹かれるのも大事ですね。

早くコロナが終息し、また熱海の空気に浸れられるときが来るよう心から祈っています。[石井友二]

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